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単角獣? 一角獣?

村上春樹氏の新刊『街とその不確かな壁』を読んでいたとき、作品の中に浸るうちに、これまで読んできた彼の別の作品である『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』との共通点をすぐに見つけました。二つの作品の世界観は、ほぼ類似しています。
そのこと自体には事前情報として公開されていたので、特に驚くべきことではありません。

が、特に興味深かったのは、両作品に登場する「獣」です。『街とその不確かな壁』では「単角獣」と表記されており、一方で『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』では「一角獣」として描かれていました。これは明らかに同じ存在を指しています。

それから、おさらいとして『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を流し読みをしました。
パラパラとページをめくって行くと巻末の参考文献が目に留まります。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』。
何が書かれているのかを知りたくなり、気持ちが高まりました。

その中には、神秘的で驚くべき生物の描写が満載でした。未知の獣たちが、その特異な形態や神話的な起源について解説されていました。そして、一角獣も。

幻獣辞典 / ホルヘ・ルイス・ボルヘス(河出文庫)

■歴史や寓意詩、動物物語集、象徴としての一角獣

小さな白い馬で、羚羊の前足と山羊の髭があり、一本の長い捻じれた角が額から突き出している。それがこの架空の動物を描いたふつうの絵である。

引用元:幻獣辞典 / ホルヘ・ルイス・ボルヘス(河出文庫)より

一角獣は美しさと神秘性を兼ね備えており、その存在が心を引きつけます。その一本の角は、強さや力だけでなく、精神性や魔法的な力を象徴しているように感じます。白い馬の象徴する純粋さや高貴さと相まって、一角獣は崇高さと奇跡的な印象も受けます。

一角獣は希少な存在とされるため、それ自体が非現実的であり、日常の範疇を超えた存在として想像されます。個体の独自性や希少性など、さまざまな価値観や思想を象徴されるのでしょう。そのため、一角獣に対する印象は、それを取り巻く文脈や解釈によって異なるかもしれません。

その多様な側面や象徴的な意味は、文化や文学における豊かな表現の一部であり、人々の想像力や感性を刺激する力を持っています。

『幻獣辞典』では”一角獣”を一括りには説明していませんでした。
ユングの『心理学と錬金術』でも象徴&歴史と分析されているようです。

街とその不確かな壁 / 村上春樹(新潮社)

■”システム”に組み込まれた単角獣

秋、獣たちの体は、来るべき寒い季節に備えて輝かしい金色の毛に覆われる。額に生えた短角は鋭く白い。
――牡たちは牝を巡って、餌を食べることも忘れ、死力を尽くして闘う。

引用元:街とその不確かな壁 / 村上春樹(新潮社)より

一方、『街とその不確かな壁』に登場する単角獣(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』では一角獣)はというと、一見すると神秘的で不思議な存在に見えますが、実は普通の動物としての一面も持ち合わせているのです。物語の中で、その生態に触れることができます。

例えば、単角獣の食事習慣に関する描写があります。ある場面では、単角獣が赤い木の実や金雀児の歯を噛んでいる様子が描かれています。単角獣のような不思議な姿を持つ彼らが、実は草食動物であることに少し親近感が湧きます。その細長い一本の角が、草を探す際の彼らの役に立つのかもしれません。

また、単角獣の社会性やコミュニケーションをとったりしています。彼らは群れを作って生活しており、意思疎通を図ったりするのです。それはまるで、壁の中の社会に溶け込んでいるようなものかもしれません。

動物の世界における繁殖行動や社会的な闘争も描いています。発情期になるとメスを求めて他のオスと争い、縄張り争いや求愛行動が激化。このような自然の摂理は、生命のサイクルや種の存続において重要であり、物語の中のシステムを構築する一部となっています。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド / 村上春樹(新潮文庫)

一角獣は単なる伝説の生物だけでなく、内に眠る可能性や夢を象徴しています。その象徴的な力を通じて、読み手になにかしらのメッセージを届けてくれる存在でした。

一角獣の不思議な世界に触れることで、想像力や感性が刺激され、新たな視点や発見が生まれるかもしれません。

『街とその不確かな壁』読書会の様子はこちら

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