【2023年8月26日土曜日】 / 小説限定の読書会を開催しました(ジャンル自由)RENS(大阪の箕面にある読書空間)
小説限定(ジャンルは自由)読書会 2023年8月26日(土)
8月の最後を飾る読書会が今回でした。
テーブルの上には、既知の作品から未知のもの、さらには国内外の多種多様な小説が並びました。今回の読書会で取り上げられた小説を以下に紹介します。
内容にはネタバレも含んでいますので、ご注意下さい。
その昔、N市では / マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(東京創元社)
■「奇妙な味」を堪能したいあなたにおすすめの1冊
ある日突然、部屋の中に巨大な鳥が現れる「ロック鳥」、旅行から帰ったら、自分が死んだと知らせてきた女がいたという話を聞く「六月半ばの真昼どき」、見た夢と現実が区別がつかなくなっていく少女を描く「ジェニファーの夢」、間違えて違う船に妹を乗せてしまった兄のもとに、常軌を逸していく妹の手紙が届き続ける「船の話」。日常に幻想が忍び込み、人間心理の恐さが背筋を震わせる。戦後ドイツを代表する女性作家の粋を集めた、本邦初訳7作を含む全15作の傑作短編集!
引用元:「版元ドットコム」より
■興味深い質問
「怪奇小説の短編集ですか?」
「奇妙な味」
怪奇小説だけではありません。たしかに不可解や不可思議な事象を扱った物語であり、読者を驚かせます。その「不思議な物語」の中には、心の深淵を巧みに描いた心理劇や、日常の中の些細な違和感、シュールな表現や状況が醸し出す独特の雰囲気、それらが織りなす「奇妙な味」があります。
サキやロード・ダンセイニの「奇妙な味」とも類似した雰囲気を感じられ、不条理や予期せぬ転展が後味を濁します。
そして幽霊体験や夢と現実が交錯するような現実と非現実、目に見えるものと見えないものの境界や、人間の心の中に潜む不確かさや矛盾の物語を堪能できます。
■参加者が盛り上がったところ
「”労働力”としてのゾンビ」
多くの人々にとって、「ゾンビ」はどんなイメージを持っているのでしょうか? 映画、テレビドラマ、漫画、アニメなどのポップカルチャーの中でゾンビがどのように描写されてきたかが大きく影響されています。現代のゾンビは、死体が蘇り、生存者たちに襲い掛かる姿が挙げられます。そしてゾンビに噛まれる(あるいは人間の脳みを食べたり)と、その病気やウイルスが感染し、被害者もまたゾンビ化するというものです。
古典的なゾンビは動きが遅いのに対して、近年では速く走るゾンビや、ある程度の知能を持ったゾンビが登場することも。
一方この作品『その昔、N市では』で描かれるゾンビは現代的なゾンビのイメージとは大きく異なるものとなっています。ゾンビの起源、ハイチの伝説では、魔法使いが死者を蘇らせ、彼らを仮死状態のまま労働力として使役するというものでした。これは、死んだかのように見えるが、実は生きている状態の人間を、意のままに操るという恐ろしい力を持つ者たちの物語……。
■この本をより楽しめる情報
収録作品の「いいですよ、わたしの天使」では、一見無害な隣人によって日常が少しずつ狂っていく。知ってはいるものの、それを止められない。ヒュー・ウォルポールの「銀の仮面」と同じく、胸がつかえるような物語もあります。
■興味深い質問
「タイトルの意味? のぼう様?」
『のぼうの城』は、領主である成田長親が中心となる物語です。彼は「でくのぼう」という言葉を略した「のぼう様」という異名で呼ばれています。
この名前には、一見、悪意を感じるかもしれません。「でくのぼう」は「役に立たない棒」を意味し、領主という立場にある人物に対しては少々厳しい言われようではあります。
けっこうひどいタイトルですね。
■参加者が盛り上がったところ
バカか、リコウかわからない
「のぼう様」日常的な振る舞いや性格には、まさに役立たずとも言える気の利かない面が垣間見えます。しかし、困難な状況に直面したときの驚くべきリーダーシップを発揮することがあるらしいです。
いざという時、彼は毅然とした態度で部下や民を導き、難局を乗り切る力を見せます。
こんなキャラクター、現実の世界にも確かに存在しませんか? 一見頼りなく、日常の些細なことに手をこまねくようなリーダー。背後には優れたチームが存在しており、彼らのサポートと助言によって、リーダーは大きな危機や重要な判断を迫られる瞬間に真価を発揮する……。
彼らの行動は純粋に天然なのか、それとも何らかの計算や戦略に基づいているのか。興味深いです。
■この本をより楽しめる情報
第139回(2008年上半期)の直木賞にノミネートされるなど、その価値が高く評価されています。さらに、2009年の第6回本屋大賞では第2位にランクインしており、読者からも高い評価を受けています。
また作品の内容は9割が史実に基づいており、映画化、漫画化もされ、その多角的なメディア展開が行われている作品です。
どうしても生きてる / 朝井 リョウ (幻冬舎)
日常に感じるモヤモヤを共感したいあなたにおすすめ1冊
死んでしまいたいと思うとき、そこに明確な理由はない。心は答え合わせなどできない。(「健やかな論理」)尊敬する上司のSM動画が流出した。本当の痛みの在り処が写されているような気がした。(「そんなの痛いに決まってる」)生まれたときに引かされる籤は、どんな枝にも結べない。(「籤」)等鬱屈を抱え生きぬく人々の姿を活写した、心が疼く全六編。
引用元:「版元ドットコム」より
■興味深い質問
「後ろ暗くてスッキリしないのに読みたくなりますか?」
平和で幸せそうな日常の背後には、様々な感情や欲望が渦巻います。絶望や卑怯さ、高いプライド、抱えきれないほどの不安、歪んだ心の中の感情、そして不正行為。現代社会に生きる人たちの心の隅に潜むもので、読んでしまいます!
その上で、斜に構えて現代の世相を冷徹に斬る姿勢もあるんです。正論や大義を振りかざして人々を攻撃するキャラクター、現実の社会でも同様です。その振る舞いを皮肉ったり、あざ笑うシーンもあり、そのバランスの取り方が絶妙です。
■参加者が盛り上がったところ
「朝井リョウ作品って名作がたくさん!」
朝井リョウさんの作品に特別な愛着を感じていて、新刊が発売されるたびに手に取ることが多いです。
「買ってすぐ読みます! 積読とかほとんどしません。読みますね」
別の参加者も「朝井リョウさんの小説は読んで事ありませんが、映画は観ます。「何者」「桐島、部活やめるってよ」とか観ました。ほかにも「正欲」とか「チア男子!!」とかもありますね。
『ゴドーを待ちながら』
映画『桐島、部活やめるってよ』とサミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』の間には興味深い共通点の話題になりました。二つの作品は、物語の中心となるべきキャラクターが具体的に描かれないことで、観る者や読む者に多くの想像の余地を与えます。
ただの物語性の欠如に見えるかもしれませんが、逆にその「不在」が作品の核心となり、観る者や読む者の心に強く響く要因となっています。
まさかここでベケットの話になるとは思いませんでした。
ちなみに紹介者のオススメは『死にがいを求めて生きているの』でした。
■この本をより楽しめる情報
朝井リョウさんの作品はもはや説明不要かもしれません。テーマ同じの独立した6つの物語からなる短編集です。
十戒 / 夕木 春央 (講談社)
■話題の現代的なミステリー小説を読みたいあなたにおすすめの1冊
殺人犯を見つけてはならない。それが、わたしたちに課された戒律だった。浪人中の里英は、父と共に、伯父が所有していた枝内島を訪れた。島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。島の視察を終えた翌朝、不動産会社の社員が殺され、そして、十の戒律が書かれた紙片が落ちていた。“この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。守られなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる”。犯人が下す神罰を恐れながら、「十戒」に従う3日間が始まったーー。
引用元:「版元ドットコム」より)
■興味深い質問
「『方舟』と『十戒』どっちが面白かったですか?」
個人的な感想として、『方舟』の方が『十戒』よりも魅力的に感じました。しかし、これはあくまで主観的な評価であり、他の読者の方々がどのように感じるかは異なるかと思います。
その違いを話すとネタバレになるのでこれ以上は言えません。
■参加者が盛り上がったところ
「十の戒律、物語の設定について」
ミステリー小説『十戒』とその独自の戒律についての深掘り
ミステリー小説には、さまざまな仕掛けやトリックが散りばめられていますが、『十戒』は10の戒律が登場人物たちに厳格に課せられており、それが物語の舞台裏で糸を引いています。
帯にも書かれている「殺人犯をみつけてはならない」という戒律。この設定は真犯人を突き止めるという主要なテーマを一気に転覆させるものです。物語の中でのキャラクターたちの行動や心理を大きく変えます。犯罪の証拠が手元にあったとしても、それをもとに犯人を追い詰めることはできない……。
この独特の設定は、読書会の参加者たちが過去のミステリー作品を読んだ中で類似の設定を思い出せませんでした。
■この本をより楽しめる情報
2022年のミステリ界の革命:夕木春央の『方舟』とその続編
昨年、2022年にミステリー界に新しい風を吹き込んだ『方舟』。
この2023年の8月。多くの読者が注目する中での新刊発売となりました。その期待の大きさ、注目度は高く、書店では平積みされています。
蝦夷地別件 / 船戸 与一 (小学館)
■思惑が交錯する壮大な歴史小説を読みたいときの1冊
18世紀末、蝦夷と呼ばれるアイヌ民族は和人の横暴に喘いでいた。蝦夷地での交易権を松前藩から買い取った商人たちによる苛烈な搾取、問答無用の暴力、日常茶飯に繰り返される女たちへの陵辱。アイヌの怒りと悲しみは沸点に達しようとしていた。北の大地から和人を追い払うための戦いを決意した国後の脇長人ツキノエが、密かに手配した鉄砲300挺。120年前に決起した英雄シャクシャインも、和人に負けない武器を持っていたら、戦いに勝利していたはずだった。――
引用元:「小学館」より
■興味深い質問
「ポーランド人? ロシア人?」
物語の冒頭は、激しい風が吹き荒れるオホーツク海。この絶え間なく打ち寄せる波しぶき。その船上では、緊張感が高いシーンから始まります。
冷たい銃口を突き出すロシア人の男。一方、その銃口の先に立つのは、優雅な衣装をまとったポーランド貴族団。この緊迫したシーンの中、物語には日本人やアイヌ人の姿は一切登場しないようです。
ロシアの南下政策という、歴史的背景、周辺国や勢力。ポーランド人の策略、一方、日本では松前藩や幕府の動きも緻密に描写されています。ロシアやポーランド。そして中心となる北海道の北端に位置する国後島と、その土地に住むアイヌ民族です。彼らは、大国の野望や策謀の中で、どのような役割を果たし、どのような運命をたどるのか、この壮大さに驚かされます!
■参加者が盛り上がったところ
「歴史のうねりにある一部分」
静かなる嵐の前、日本の北の地にて起きた未知の事件
18世紀の末、世界は大きな変革の波に揺れるフランス革命の前夜、新たな時代の到来を予感させる気配が漂っていました。日本では老中・松平定信は、蝦夷地を幕府の直轄としようとします。
この時期に、物語の中でおきた事件は、大きな歴史の流れの中ではあまりクローズアップされることはありませんでした。しかし、その土地に住むアイヌの人々にとっては、彼らの生活や文化、歴史にとっての大きな転機となる出来事。
教科書などで大きく取り上げられないのは、歴史の主流からは外れていたという理由だけでなく、大勢の日本人や他の民族に与えた影響が限定的であったからかもしれません。それだけに、この土地の人々の感じる緊張や葛藤、そしてその時代背景にある意味や価値を知ることは、とても良い読書体験となったそうです。
■この本をより楽しめる情報
高慢と偏見 / ジェイン オースティン(光文社古典新訳文庫)
■”鉄板の恋愛小説”を読みたいあなたにおすすめの1冊
溌剌(はつらつ)とした知性を持つエリザベスと温和な姉ジェインは、近所に越してきた裕福で朗らかな青年紳士ビングリーとその友人ダーシーと知り合いになる。エリザベスは、ダーシーの高慢な態度に反感を抱き、彼が幼なじみにひどい仕打ちをしたと聞き及び、彼への嫌悪感を募らせるが……。
引用元:「光文社古典新訳文庫」より
■興味深い質問
「『高慢と偏見』『傲慢と善良』どちらが面白かったですか?」
古典と現代、2つの名作の魅力
『高慢と偏見』は、ジェーン・オースティンが描く19世紀のイギリス社会を背景にした、恋愛と家族、社会の階級をテーマにした名作。一方、辻村深月の『傲慢と善良』は、現代日本の背景を持ち、タイトルが示す通り、『高慢と偏見』へのオマージュともいえる作品で、新しい視点や解釈が加えられています。
『高慢と偏見』については期待値はそこまで高くなかったようです。その分、キャラクターの魅力、時代背景を超えて共感できる物語に引き込まれ、あっという間に読破したそうです。
そして、その後に読んだ『傲慢と善良』は、友人が期待していた通りの面白さとのことでした。
■参加者が盛り上がったところ
「難解な哲学小説??」
『高慢と偏見』というタイトルを初めて目にしたとき、多くの人々はその深みや重厚さから、哲学的な内容を扱った難解な文学作品を想像した人は多いのではないでしょうか??
実際にページをめくってみると、繊細な人間関係や家族のドラマ、そして純愛の物語が展開します。この作品は、恋愛小説の金字塔とも称されるほどの王道のストーリー。
「高慢」とは一体誰を指し、「偏見」とはどのようなものなのか、読者はその答えを求めることとなります。
今回の読書会では、この『高慢と偏見』を読んだ参加者が何人かいて、このタイトルについて初見の印象と実際の内容のギャップ、物語の中での「高慢」と「偏見」の表現や意味について盛り上がりました。
■この本をより楽しめる情報
「ゾンビ!」
ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』は、今日まで色あせることなく、多くの読者や視聴者を魅了し続けている傑作です。この傑作の普遍的な魅力は、さまざまなメディアやカルチャーに影響を与えています。意外な展開として「ゾンビ」を取り入れた『高慢と偏見とゾンビ』のようなパロディ映画も存在するのようです。
読書会の中で『高慢と偏見とゾンビ』という映画あることを知り、多くの参加者が驚きの表情を浮かべました。『高慢と偏見』という伝統的な文学作品が、どのようにしてゾンビという要素と融合したのか、とにかく不朽の恋愛小説です。
【まとめ】
今回の読書会は、参加者全員が驚きと興味を持って終わりました。「ゾンビ」に始まり、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』でまさかの「ゾンビ」をテーマとした話題に続くとは予想外でした。
異なる背景や視点を持つ参加者が一堂に会し、その中で新しい発見や共感、時には意見が異なることもあり、それが読書会の醍醐味とも言えます。
また次回の読書会を、心から楽しみにしています。