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前回の東野圭吾作品『秘密』読書会に引き続き開催された課題本読書会です。


『方舟』 著者:夕木春央 出版社:講談社

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。

タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

引用元:「版元ドットコム」より

 今回の『方舟』はミステリーだったので、緻密に練られたトリックや絶妙な手がかり、そしてその解明を探るような読書会だと思っていました。

 しかし読書会の主軸は、二人のキャラクターについて多く語られました。単なる謎解きだけではなく、キャラクターの深層心理や人間性を読み解く楽しみが生まれ、読書会は大いに盛り上がりました。

内容についてのネタバレが含まれているので読まれていない方はご注意下さい。

森林 森の中

——————–以下はネタバレを含みます——————–

【参加者の感想】

今回の『方舟』読書会ですが、熱烈な支持を受けて開催されました。参加者のひとりはこの作品が「2022年のベスト本」だと豪語し、3回も読み返したようです。

初めて読んだときは

「うわー!」

という想いのままの感想。物語の独特な展開や予想外・衝撃の結末による反応は、作品が持つ仕掛けに心を打たれたようです。

2回目の読書で

「麻衣がヤバい!」

と感じた背景には、物語の中での麻衣の行動や彼女の存在が持つ意味合い、そして犯行のあとの態度、彼女を取り巻く状況や関係性に対する理解が深まったことです。

そして3回目の感想では

「麻衣はそつなく犯行をしている。しかし麻衣は本当に悪なのだろうか? そこまで悪くないのでは?」

麻衣の言動やキャラクターや動機などについて、冷静に読み解くと彼女が果たして「悪」と呼べるのか、あるいは彼女の行動には正当性があり、やむをえないのではないか、という疑問を抱き始めた……。

ということで、読書会の冒頭から犯人である「麻衣」にスポットライトが当たりました。
しかしこの麻衣というキャラクター今回の読書会のMVPと思っています。

【麻衣というキャラクター】

「溺死が極端に怖い?」

 登場人物が「一番いやな死に方」について話すシーンでは、麻衣の「私は、溺れるのが嫌かな。溺死」という発言は、参加者の中で印象づけられていました。頭の回転の早い麻衣の事ですから、すでに最悪の事態を想定しての発言? かもしれませんが、この特異な恐怖心は、麻衣の人格形成においてなにかキーとなるのではないでしょうか。

 麻衣の反応を見て、参加者はその背後にある理由や原因を探りました。物語の中では麻衣の過去や背景について詳しくは触れられていないものの、幼少期におぼれた経験やそれに関連する何らかのトラウマがあるのではないかとの推測が飛び交います。

「麻衣の過去が気になる!」

 そういった経験が彼女の感受性や危機察知の鋭さを研ぎ澄ました結果、犯行に至る過程においてもその恐怖心が強く作用したのかもしれません。

「異様に早い判断、決断力」

 麻衣は驚異的なスピードでの判断力を持っています。地震の後、土砂崩れによって地下建物の唯一の出入り口である上げ蓋が完全に埋まった状況は、一般の人々にとってはパニックに陥るか、何をすればよいか迷う事態。しかし、麻衣はその状況下でカメラの映像を切り替えました。

 彼女は現状分析を迅速に行い、瞬時に複数の可能性を検討することができるのです。その中から自分が生存できる最も適切と思われる解決策を策定し、それを基に結論を導く。この一連のプロセスは、普通の人には考えられないほどの速さで進行します。

 麻衣の行動力もまた、その判断力と並んで注目すべきものです。結論を導き出したら、彼女はただちに実行に移します。たとえそれがリスクを伴う行動であったとしても、彼女は躊躇することなくその行動をとるのです。

「ホンマに幼稚園の先生??」

 麻衣の行動パターンは、どれもが超人的とも言える能力を持っています。彼女が日常の職業として「幼稚園の先生」として働いていることは、にわかに信じられません。

 彼女の日常の仕事が幼稚園の先生であると知った時、読者は「本当に?」と疑問に思うのは当然です。一般的に幼稚園の先生は、子供たちとの心温まるやりとりや、歌や遊びを通して子供たちの成長を支えるような優しいイメージです。

「彼女の超人的な能力は、子供たちとの関わりの中で、発揮する機会がなかっただけ?」

幼稚園の先生

「初犯が殺人、その後スキルアップ」

 結論として麻衣は超人です。が、自らの生存のためであったとしても、他者を傷つけたり、殺害する行為、そのハードルは決して低くはありません。

 仮にそのハードルを越えたとしても、その後の心理的なダメージや罪悪感、トラウマなどの影響は計り知れません。人の命を奪うという行為は、自身にも深い傷を残すはずです。

「傭兵顔負けの精神力」

 物語の中で麻衣は、その驚異的な行動パターンと心理的な耐性を見せます。連続殺人を犯します。手を下す方法は非常に直接的で、相当な肉体的・精神的なストレスが伴うはずです。首を切り落とす、首を締めるなど、その残虐性は通常の人間には考えられないものです。

 訓練を受けた軍人でさえ、そのような直接的な暴力行為には多大な精神的なプレッシャーを感じるのではなでしょうか。麻衣はこのような心理的な障壁を乗り越え、冷静に行動を続けています。

 彼女が持つ特異な精神力や、背後に隠された過去、生い立ちや環境、麻衣を形成してきた背景がとても気になります。

「サイコパス論」

 まず、「サイコパス」という言葉は、その意味や背後にある心理的な特性が誤解されることが多いです。映画や小説などでサイコパスが猟奇的な殺人者として描写されることがあるからではないでしょうか。しかし、実際には、サイコパスの定義や特性はそのような極端な行動を示すものではありません。

「サイコパス=猟奇殺人者ではありませんよ!」

 サイコパスの主な特徴として、他者の感情や権利を尊重しない、良心の欠如、感情の浅さ、嘘をつくことが容易であるなどの特性が挙げられます。彼らは社会的な規範や道徳を重視せず、自らの目的の達成のためには手段を選びません。

 しかし、これは彼らが犯罪をするものではなく、単に合理的な判断を優先するという性質を持っているだけです。

 多くのサイコパスは日常生活の中で普通に生活しており、彼らのこの特性が犯罪や反社会的行動に結びつくわけではありません。むしろ、彼らの冷徹な判断力や冷静な分析能力は、政治やビジネスの世界などで高い実績を上げることもあります。

「麻衣=神?」

「『方舟』における麻衣のキャラクターは、神のような強大な存在感を持っていませんか?」

 彼女は、旧約聖書に登場する神のような厳格さや独自の価値観が反映されていると感じられます。麻衣の方針に適合しない者たちに対しては罰を与え、また彼女の選んだ者たちを救済しようとします。これは、旧約聖書の神が行っていた「さばき」と酷似しているのです。

 麻衣の真の意図や彼女の背後にあるストーリーを知りたいという欲求が高まりました。

「麻衣の物語スピンオフ希望」

『方舟』は、登場人物たちの個性が希薄であるように感じるかもしれませんが、これは物語の構造上、必要不可欠という話になりました。特定のキャラクターが強く目立つことで「方舟」の設定が崩れるのではないか……。

 この物語の中心にいるのは麻衣。柊一より主人公としての存在感を放っています。彼女の過去や背景、そして彼女の持つサイコパス的能力は、物語を通じて多くの謎とともに発揮されました。

 麻衣が「方舟」から脱出した後その運命や未来が、どのように展開していくのかは、非常に興味を引きました。麻衣がこれからどのような選択をし、そのサイコパス的な能力をどのように活用していくのか。そして、彼女が新たな生活の中でどのような困難、または新しい絆や関係性に出会うのか。それぞれの疑問や期待が、次回作やスピンオフ・シリーズを待ち望んでいます。

分析

【コケにされた名探偵】

 翔太郎は『方舟』の探偵役として、非常に期待の大きなキャラクターでした。翔太郎の冷静で合理的な推理は、読者も安全圏から一緒に事件の真相を解き明かすような気分にしてくれました。

 しかし、彼の的確な推理が、逆に彼の運命を不遇なものに変えてしまったのは、多くの読者にとって完全なるサプライズだったはずです。

「ある意味では翔太郎もサイコパスですよね?」

 翔太郎のキャラクターは、彼の探偵としての役割ともうひとつの特徴が話題にあがりました。彼の鋭い推理力により、多くの疑問点や矛盾が明らかになった中盤では、ある程度犯人を特定できていたことは明白でした。

 現実の探偵や捜査官は、犯人を特定できた段階で迅速に逮捕や制止します。しかし翔太郎は、決定的な証拠が得られていないという理由で、次の犯行を静観するような態度を取ったのです。

 このような待ち構える姿勢は、彼が犯人を追い詰めるためならば何も恐れない、サイコパス的な思考を持っていたのではないでしょうか。

「麻衣と翔太郎、二人のサイコパスが存在していました」

「翔太郎の断末魔は聞こえたのか?」

 最期の瞬間、「絶望の絶叫が遠く聞こえた」。その中に翔太郎の声が混ざっていたのか、それとも彼は静かに運命を受け入れていたのか、物語の中では明確には描写されていません。

 翔太郎は、物語を通じてその冷静さとロジカルな思考力で数々の局面を切り抜けてきました。その彼が、最期の瞬間にどのような感情を抱いていたのか、読者それぞれが様々な想像をすることでしょう。

 時折感情を露わにする場面もあったが、その基盤には常に冷静。翔太郎は麻衣に立ち向かい、善戦しました。しかし彼女の特異な能力と独自の価値観の前に破れた……。

「やれやれ、とか言いながら目を閉じてほしい。そんな願望もあります」 

 彼の最期の感情については、想像の余地が残されています。

【まとめ】

 物語のトリックやミステリーの部分にも多く触れたい気持ちもありましたが、この二人のキャラクターの深掘りに焦点を当てられました。

 彼らが、物語全体の魅力を一層引き立てていると感じたからです。
読書会が面白かったので、再び『方舟』のページを開きたくなりました。

(記事については、あくまで読書会で出た個人的の感想です)

ということで、今後も課題本読書会を開催したいと思いますので、要望があれば是非ともご連絡ください。

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