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「芥川賞」「直木賞」の受賞作品に焦点をあてた読書会です。
その中で紹介された小説です。(2023年3月4日)

『テスカトリポカ』 著:佐藤 究

ノワールと神話のミックスに興味がある、先鋭的な文学に触れたい人におすすめの1冊です。

第165回「直木賞」と第34回の「山本周五郎」をダブル受賞している本作。ハードカバーで550ページ超もあるボリューム。ずっと気にはなっていましたが、ついに読書会で出会いました。

何度目にしても一向に覚えられないタイトル『テスカトリポカ』。
「これってどういう意味なんでしょうか?」
「『煙を吐く鏡』という意味で、アステカ王国において信仰されていた神です」

煙を吐く鏡……なるほど、タイトルだけでも十分魅力があり、神秘的に感じました。内容はさらに興味深そうです。

ネタバレをしても面白い?

ほかの参加者も著者である佐藤究さんの作品をいくつか読んだことがありました。そのうえで「この人の小説は内容がわかっていも十分楽しめる」とのお墨付きでした。
その理由のひとつとして圧倒的なボリュームの参考文献から創作されるディテールの凝った描写があります。

ストーリーラインや物語の展開、または結末が見通せたとしても、登場人物の言動や描写、社会性や人間関係などが、読者を強く魅了します。

【あらすじ】

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。――

(引用元:版元ドットコム)より

「神の視点で始まります」

物語の語り手が”テスカトリポカ”という神様なのかと思いましたが、よくよく聞いているとそうではありません。

小説においての視点のことでした。”神の視点”というのは物語の中で起きるあらゆる事件や、登場人物の感情や思考、その背景または状況等、まるで神が見通しているかのような全体的視点の描写方法です。

紹介された方は読んだあとも「誰が主人公かわからない」と困惑していました。
一人称や三人称の視点とは違って、全能的な語り口になります。ですから、大規模な歴史小説や、ファンタジーやSFなど、広い範囲をカバーするのでこの『テスカトリポカ』という小説にはとてもマッチしているのでしょう。

悪者、境遇、環境

この小説は、社会的規範や道徳的価値観からかなり逸脱した描写が多くあるそうです。グロテスクなシーン(臓器売買に関する描写)もあり、いわゆる「悪者」が登場します。
しかし、紹介された方は、「意外と、真の意味での悪者はいないのでは?」という印象を持っていました。

人間の行動や思考の多くは複雑な要因によって形成されます。例えば貧困であったり暴力的、教育の不足、それらの不安定さが、悪影響を与えていたとしても不思議ではありません。結果、罪を犯す行為や凶悪な行動を取ることにもつながるが、その人自体を否定することができない……。

悪くない読後感

ダークな物語でありながら紹介された方の読後感は悪くありませんでした。「ほっこり」というワードも飛び出すほどです。
物語全体を覆う「全てはファミリアのため」、そこに人間的な温かさを感じ読者は希望を見出し、うまくバランスをとれるのではないでしょうか。

内容的にもボリューム的にも軽い気持ちで読めそうにはありませんが、いつか読んでみたい、そう思わせる作品&紹介でした。

その他に紹介された本はこちら

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