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小説限定(ジャンルは自由)読書会 2023年8月5日

今回、8月5日(土)に行われた読書会は、参加者それぞれがお気に入りの小説を紹介するという形式で行われました。この日は夏真っ盛りということもあり、外界からは強烈な日差しが室内に入り込んでいました。

その暑さに負けないぐらい熱量のこもった作品は以下の通りです。
内容にはネタバレも含んでいますので、ご注意下さい。


炎環 / 永井 路子(文春文庫)

■情念渦巻く「鎌倉時代」の物語を読みたいあなたにおすすめの1冊

京の権力を前に圧迫され続けてきた東国に、ひとつの灯がともった。源頼朝の挙兵に始まるそれは、またたくうちに、関東の野をおおったのである。鎌倉幕府の成立、武士の台頭―その裏には彼らの死に物狂いの情熱と野望が激しく燃えさかっていた。鎌倉武士の生きざまを見事に浮き彫りにした傑作歴史小説。

引用元:「BOOK」データベースより

■興味深い質問

「大河ドラマは見ましたか?」

『鎌倉殿の13人』は2022年のNHK大河ドラマで、鎌倉幕府の二代執権北条義時を主役に、頼朝死後の「十三人の合議制」を中心に描かれています。

参加者の中にはこの大河ドラマを見た人はいませんでしたが、今回紹介された小説『炎環』と時代設定や人物が重なっています。

特に主演の小栗旬さんは義時を演じ、若き日の清廉な顔立ちから、権力の座に就いた後の重圧と葛藤、その人相の変遷が見事に表現されているようです。

■参加者が盛り上がったところ

「鎌倉幕府の権力闘争」

権力の影に隠れた愛や裏切り、野望や犠牲が交錯する中で、登場人物たちの情熱や信念、葛藤が赤裸々に描かれています。何を信じ、何を犠牲にするのか、それぞれの選択が紡ぎ出す運命の結末とは。

源平合戦や建武の新政などの関連する出来事は、必ずと言っていいほど教科書に取り上げられています。ただ、歴史教科書は多くの出来事や時期を網羅する必要があるため、具体的なエピソードや詳細については省略されています……その物語がここにあります。

■この本をより楽しめる情報

多くの歴史小説を世に送り出した著者の永井路子さんは、2023年1月に逝去されました。本作は彼女の傑作の一つでもあり、第52回の直木賞を受賞しています。

タイトルの『炎環』について、丸く連なる環の「円環」は仏教における「輪廻」という概念、生命の強烈なエネルギーとそれが絶え間なく繰り返される循環を暗示しているのかもしれません。


やさしい猫 / 中島京子 (中央公論新社)

■移民・難民問題を身近に考えるあなたにおすすめの1冊

シングルマザーの保育士ミユキさんが心ひかれたのは、八歳年下の自動車整備士クマさん。

出会って、好きになって、この人とずっと一緒にいたいと願う。当たり前の幸せが奪われたのは、彼がスリランカ出身の外国人だったから。

大きな事件に見舞われた小さな家族を、暖かく見守るように描く長編小説。

 引用:「版元ドットコム」より

興味深い質問

「入国管理局に権力が集中しすぎ?」

日本において、入国管理局は非常に強い権力を持っているのでは? 日本国内での外国人の生活や働き口を深く影響する多岐にわたる権限が集中し、外国人が日本での仕事を探す際、彼らが取得すべき在留資格やビザの種類を決定する役割があります。

国際結婚に関しても、外国人の配偶者が日本に滞在するための在留資格を取得する必要があります。この在留資格の発給や更新、さらにはその有効期間なども、入国管理局の裁量によって決定され、それが物語の中でもカップルや家族の生活の安定性や将来に大きな影響を及ぼすしています。

ただ、入国管理局が強大な権力を持ち、さらにその中には嫌な人物が多く存在するという描写があるのは、物語上の特定の演出や目的があるのかもしれませんが……。

■参加者が盛り上がったところ

難民・移民の受け入れ

2021年に名古屋の入国管理局収容中にスリランカ出身女性の死亡事件がありました。この事件は参加者の記憶にも新しく、『やさしい猫』の紹介中にも思い出されました。収容施設の環境や管理の問題点、そして収容者の人権に対する配慮の不足については作中のエピソードと重なる部分があります。

また、日本は少子化の進行とともに人口の減少による労働力不足や経済の停滞、そして地域社会の衰退など、社会的課題となっています。この対策として、外国人労働者の受け入れ拡大がまさにリアルタイムで議論されています。

特に製造業界では、多くの外国人が工場での仕事をしています。技能実習生制度や特定技能ビザなどの枠組みを通じて、多くの外国人が日本の工場で働いています。日本の経済成長や産業の維持に大きく貢献している一方、労働環境や待遇の問題も……。

小説の内容はかなり詳細で具体的なようですので、より身近で深刻な紹介となりました。

■この本をより楽しめる情報

タイトルの『やさしい猫』は、スリランカの童話です。ねずみを食べた猫が、その子供たちと出会い、後悔し、子ねずみたちを育てる様子が描かれています。
またドラマにもなった本作。元は読売新聞に連載されていたようで、当時から話題沸騰だったようです。


アンジェリク はだしの女侯爵 / S.A.ゴロン (講談社文庫)

中世フランスの大河ロマンスをあなたにおすすめ1冊

17世紀のフランス、片田舎の貧乏貴族の娘に生まれた美しいアンジェリクがたどる数奇な運命。初恋と毒薬の秘密、醜い大金持ちの伯爵との政略結婚、宮廷貴族の陰謀と夫の突然の失踪……。

引用元:「講談社BOOK倶楽部」より

興味深い質問

「全26巻もあるんですか?」

『アンジェリク』は、実に全26巻から成る壮大な物語です。海外ではベストセラーとなり、数多くのファンを魅了しています。が、日本においては、書店での取り扱いは少なく、多くの読者がその存在すら知らないのかもしれません。

図書館でも同様です。初巻は多くの手に取られており、手垢にまみれていることが多いのに対して、26巻はほとんど綺麗なままのことが多いそうです。多くの読者がシリーズの途中で読むのを断念してしまっているのでしょうか。

ちなみに紹介された方は、現在8巻まで読み進めており、全26巻を読破しようという意気込みを見せていました。

■参加者が盛り上がったところ

「少女漫画版との違い」

木原敏江さんのコミック『アンジェリク』は、キャラクターたちがキラキラと輝くような描写で、きらびやかな(少女漫画的)世界観を紡ぎ出しているそうです。

しかし、その後にオリジナルの小説版を読むと、その内容の落差に驚かされます。小説版の『アンジェリク』は、コミック版とは一線を画す、生々しい描写やリアルな人間関係が詳細に描かれています。

特に情け容赦のないキャラクターの行動や、壮絶な死に様、それに関連する展開など、読者を圧倒するエピソードが数多く存在します。

■この本をより楽しめる情報

ルイ14世も登場する17世紀のフランスを舞台にした物語。以前のRENS読書会で紹介された『ブルボンの封印』では、ルイ14世は双子の兄弟として描かれていました。が、本作では二重人格として描かれています。


サラゴサ手稿 / ヤン・ポトツキ(岩波文庫)

■深層入れ子構造の物語、アラビアンナイト好きなあなたにもおすすめの1冊

ポーランドの大貴族ポトツキ(一七六一―一八一五)が仏語で著した大伽藍のような小説。フェリペ五世治下、シエラ・モレナの山中をさまようワロン人衛兵隊長アルフォンソの六十一日間の手記によって、彼が出会った謎めいた人々とその数奇な運命が語られる。

引用元:「版元ドットコム」より)

興味深い質問

「タイトルの意味はなんですか?」

スペイン独立戦争という、ヨーロッパを震撼させた大きな歴史的事件の中での出来事として、この物語は展開されます。ナポレオン軍に包囲されるサラゴサ。

そのような歴史的背景の中で、ある士官が偶然にも略奪を逃れた小館に足を踏み入れます。部屋の隅には散らかった書物や家具が見受けられる中、彼の目に留まったのは古びた一冊の手稿。それはスペイン語で綴られた、数々の驚くべき物語。

この背景だけでも、読者は物語の中の物語、そして歴史的背景とその中での人間ドラマに引き込まれます。この一冊の手稿が、どのような影響を及ぼすのか、それを追体験するのが『サラゴサ手稿』の醍醐味なのではないでしょうか。

■参加者が盛り上がったところ

「5階層まである入れ子構造」

この小説『サラゴサ手稿』は、多層的な構造を持つ非常にユニークな作品となっているようです。ある登場人物が特定のエピソードを語り始めます。そのエピソードの中には、不思議で奇怪な出来事が盛り込まれており、読者を引き込む要素となっています。(まるで千夜一夜物語のように)しかし、そのエピソードの中にさらなるエピソードが語られるという、入れ子のような複雑な構造が続いています。

この入れ子構造の驚きは、単なる2層や3層のエピソードでは終わらない点にあります。なんとその構造は、最大で5階層まで続く深さを持ち、読者をまるで迷宮の中に迷い込ませるかのような感覚を生み出しています。一つのエピソードが終わると、全く別の人物の視点や話にリンクし、それが新たなエピソードの始まりとなります。このような複雑な繋がりは、偶然の産物なのだと。

この話を聞いて私は、物語が複数の視点人物を通して、一つの大きな謎を解明する群像劇的なミステリーではないか? と思いました。しかし、それを超えた独自の魅力がこの小説には秘められています。物語の中には、深く立体的な迷宮のような構造が存在し、それが最終的にひとつに向かって収束していく――。

詳しい結末や真相については、ネタバレを避けるため明かされていませんが、興味をそそられるだけでなく、一度読み始めたら止まらなくなるような魅力を持っていそうです。

■この本をより楽しめる情報

『サラゴサ手稿』は、豊富な物語の宝庫として知られる「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」と比較されるほどの高評価を受けています。

また、岩波書店から出版されているこの小説の解説が特に注目です。物語の持つ「入れ子構造」の階層が、非常に詳細かつ分かりやすく解説されています。それによって、入れ子となった物語の中の物語や、それぞれのエピソードがどのように繋がっているのか、一つ一つのレベルや深さを理解する助けになっています。


短くて恐ろしいフィルの時代 / ジョージ・ソーンダーズ (河出文庫)

■滑稽で恐ろしい大人の童話を読みたいあなたにおすすめの1冊

脳が地面に転がるたびに熱狂的な演説で民衆を煽る独裁者フィル。国民が6人しかいない小国をめぐる奇想天外かつ爆笑必至の物語。ブッカー賞作家が生みだした大量虐殺にまつわるおとぎ話。

引用元:「河出書房新社」より)

興味深い質問

「そんなに狭いんですか?」

皆さんが考える「狭い国」という概念を覆すような、信じがたいほどの狭さを持つこの国。なんとこの国には住民が6人しかいませんが、驚くべきは、そのうちの1人しかこの国の領土内に完全に収まらないということです。他の5人の住民は、その体の一部が国境を越えてしまい、隣接する地域にはみ出しているのです。

この事実はかなり滑稽で、思わず笑ってしまいました。考えてみれば、この6人の住民たちは日常的にどのような生活を送っているのでしょうか。体の一部が他の国に存在しているという特異な状況に、彼らはどのように適応しているのか、興味が尽きません。

■参加者が盛り上がったところ

「解体される国民」

「ジェノサイドにまつわるおとぎ話」と紹介されています。深刻かつ重厚なテーマを持つ物語を想像します。が裏腹に、登場人物たちの体からは意外なものが見え隠れする。ベアリングやボルト、そしてツナ缶のようなものが体の一部としてチラリズム的に描写されています。その奇妙さから、シリアスな物語が突如コミカルな要素を持っています。

この意外性が、読む者に笑いを引き起こさせます。紹介者も、そのシーンを読みながら思わず笑いました。読書会の参加者も、同様です。

物語の中には彼らの解体シーンもあり、残酷であると感じるかもしれません。が、彼らの体の特性から、彼らが生身の人間ではないことを理解すると、そのシーンの受け取り方が変わってきます。

■この本をより楽しめる情報

この小説は、その内容やメッセージ性においてジョージ・オーウェルの名作『動物農場』と比較されることがしばしばあります。『動物農場』は政治的な風刺を込められています。同様に、この小説も表面上の物語の背後に深い政治的メッセージや批判を持っており、その巧妙さからオーウェルの作品と並び称されることがあります。

また著者の文体は非常に独特で、その魅力が多くの読者や批評家から高く評価されています。そのため、小説家志望の若手作家たちの間で「真似したい文体ナンバーワン」として話題になっており、一読の価値ありです。


【まとめ】

今回の読書会で紹介された作品は、鎌倉時代の主権争い、移民・難民問題を取り扱った現代作品、中世フランスの大河ロマンス、超入れ子構造の物語、そして大人向けのユーモラスで残酷な童話という五つの異なるテーマを持つものでした。

これらの作品は独特な背景やテーマが特徴で、参加者の興味を引きつける内容となっており、次回の読書会への期待も高まります。

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